私が神様を信じる理由

遠隔ヒーリングでも、物凄く現実が良くなっているとの報告が多々あり、嬉しく思ってます。

自分でも驚くほど効果があるのは、やはり私の力ではなく、神々のお力添えだと思います。

そのためにも、身内も驚くほどストイックに修行、鍛錬を日々欠かさず行っております。

日本一のスピリチュアルカウンセラーという肩書きに臆すことなく(自画自賛すみません。それくらいの心意気が無ければ勤まらない仕事ですので)、精進していきたいと思ってます。

温かく見守ってもらえれば幸いです。

 

この世は周波数次第です。これは絶対です。

ですので、自信を持って、「不安」と「恐れ」を手放しましょう!

難しいと言ってしまえば難しくなってしまいます。

私で良ければ周波数アップのお手伝いも致しますので、遠慮無く、お気軽にお声掛け下さいね。

効果は絶大です!

 

遠隔ヒーリング
Healer Tamotu Jion  Remoteness HEALING
Achievement of desire The love accomplishment Liberation from trouble and evil
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Healer Tamotu Jion
 慈恩 保(じおん たもつ)

 

 子供の頃から俗に言う「幽霊」が視えました。
 四歳くらいからだと思います。ただ、それほど意識はしませんでした。
 たとえば鏡を見ると、自分の後ろに人が立っていて、驚いて振り返ると誰もいない。すぐさま鏡に目を戻すと、もうさっきの人は消えているみたいな感じです。

 母親が自分と同じように視える人でしたので、視えるのが当たり前だと思っていたのですが、父親が全くその手の話を否定する人だったので、この世には視える人と視えない人がいるんだなと、子供ながらに思っていました。
 それに、「幽霊」の類いを豪語しようものなら父親に完膚なきまでに科学で叩きのめされるので、自ずと人には「幽霊」が視えるなんてことは伏せるようになったのですが、二十歳くらいに友人にカミングアウトしてからは、霊視能力を使って友人知人にカウンセリングをしたりするようになりました。

 きっかけは、友人が高校時代のアルバムを私に見せてくれた時でした。
 この人とこの人、この人とこの人が付き合ってて、この人たちが別れて……。指差して友人に教えると、全部当たってるということで友人は驚きました。
「じゃあこいつのこと、何か分かる?」と聞かれて、「セブンイレブンが視える」と、そのときに感じたことをそのまま言いました。友人はすぐに、その彼に電話で確認しました。
「おまえ、セブンイレブン好きか?」と。
 すると、「セブン? 大嫌いだよ。今バイト辞めてきたところだ」と言ったそうです。
 それから友人は色々と質問をぶつけてくるようになりました。
「昔の俺の彼女が今、どんな生活してるか分かる?」などです。
 漠然とですが私が思い浮かんだ通りに答えますと、すべてがピタリと当たっているようで、友人はその度に驚愕していました。

 そんな感じで色々な人を視ては驚かれる日々が続きました。
 口コミであっという間に広まってしまい、ある夫婦から「私の死んだ子供のことを視てほしい」と泣きながらお願いされ、それから極力自分のことを広めないでほしいと友人に頼むようになりました。

 しばらくして、あることがきっかけで霊能力を失いました。
 ぶっちゃけて言いますと、己の欲望です。
 霊能力を使ってお金を儲けようとしたのです。
 すると、それっきり使えなくなってしまいました。

 ただ、どこからともなくこのような声だけが頭上から聴こえてきました。
「10年後にまたその力は甦る。そしたら今度こそ、世のため人のために使うように」と。

 三十歳の時です。
 車を運転してる時、道に迷ったりして行くところ行くところが神社やお寺。それがまた、子育てのところばかり。
 案の定、妻に子供が身ごもりました。
 その頃、導かれるように四寺回廊というものを巡り、山形の山寺というところで額がググーっと開く感じがして、その日から今までは視えなかったものまで視えるようになりました。
 自分のは分からないのですが、人の守護霊様とか過去世とか未来とか、守護神とか視えるようになりました。
 あまりにも視え過ぎて、慣れるまで時間が掛かりました。

 その力はすぐに無くなってしまうと思っていましたが、いつまでも無くなりませんでした。
 友人知人や親類を視ると、二十歳の頃とは比較にならないほど的中率も高く、説得力もありました。色々と辻褄が合い、疑いようがありませんでした。

 ある日私は、その時に縁のあった友人に、視えた過去世、先祖の霊のことや生霊のこと、守護神のことなどを話しました。

 その友人は物凄く疑い深く、宮城県で当たるので有名な、とある霊能者のところに行って視てもらいに行きました。

 すると、私が言ってたこととほとんど一緒だったそうです。八つ中、七つ的中。でも、一つ外れたと。守護霊様が違ったと。
 それを、その霊能者に尋ねたら、「視る人によって守護霊は姿を変える」と言われたそうです。
 なるほどと思いました。確かにそうなんです。
 過去世も一つや二つじゃないし、未来も変わる。
 でも、自分の中で何か確信めいたものをその時感じました。

 それから、たとえば女性の方に「あなたには花が視える」なんて言うと、「えー? 何それ」と言われ。
 おかしいな……なんて思っていると、次の日に、「私のお父さん、花屋さんだった」なんて言われてホッとしたり。
「君は、東京の中野のまんだらけで働いてたでしょ?」って聞いたら、「なんで分かるんですか?」って驚かれたり。
 自分でもどうしてそこまで当たるのか分かりませんでした。ただ、何か突然キーワードが頭に浮かんできたり、映像が見えたりするわけです。それを話すと当たっているという。
 でも、自分では自信がありませんでした。
 ただ漠然と感じるのが、私が当てると、相手は私の話に耳を傾けてくれるので、たとえば厳しい忠告も聞いてもらえる。
 相手方の守護霊様の手なのかなと思いました。

「ねずみとりに気を付けて下さいね」なんて言うと、翌日、「言われた帰りに捕まったよ。忠告ちゃんと聞いておけばよかったよ」とか。その人の守護神とかも視えて、「大日如来が守ってくれてますよ」なんて言うと、「分かる?」とかって、ケータイの待ち受け画面見せてくれて。そこには確かに大日如来の梵字があったり。

 妻も同じように視える人で、一緒にカウンセリングをしていると、「中国の……、こう、髭をはやしてて、服はこうで、こういう色で……」と、私と同じものが的確に視えているわけです。
 当時は答え合わせが出来るし、かなり頼りにしていました。
 一人だと自信がなくても、妻が同じことを言うと、やはり間違いないんだと思えるわけです。

 時に、家に帰るなり、「入ってこないで」なんて妻に言われて塩をかけられ。案の定、その日は会社で嫌なことがありました。
「こういう人が憑いてる」と。特徴を聞くとそのまんま。生き霊ですよね。確かにその日、その人に怒られて……。もう、そこまで的確に当てられると言葉もありません。
 そんなことが、ほぼ毎日でした。しかもそれはないだろうというくらい奇跡も多々ありました。

 たとえば何か悪いことを言ってしまいそうになると、咳き込んだり舌を噛んだり。よくあるのが頭の中が突然真っ白になって、自分が何を言ってるのか分からなくなることでした。
 メールでもそうで、何か間違ったことを伝えそうになると、突然消えてしまったり。
 それだけならかわいい方で、カウンセリングをしている時に何か間違ったことを言いそうになると、突然ラップ音が鳴ったり、酷い時だと座椅子のボタンが二つ飛んだり。
 ありえない仕打ちですよね。座椅子のボタンがですよ。しかもそこには人が座っていたのに、貫通して飛んでくるって、おかしいですよね。
 そんなことも多々あって、人にメッセージを送る時もかなり気を遣うようになりました。
 間違う前に教えてもらえるのでありがたいと、当時は思っていました。

 必要以上に「幽霊」が視えたり、怪奇現象に苛まれたり、奇跡や神秘的体験も多々あったんですが、それらも全部、調節出来ることを知りました。
 ラジオのツマミを回して周波数を変えるような感じで、自分も調節出来るようになり、かなり楽になりました。
 それまでは人の思ってることが手に取るように分かってしまったり、視たくないものまで視えてしまって困ったこともよくありましたが、視る時は視る、視ない時は視ないと、完全に切り替えることが出来るようになり、霊視によるカウンセリングがグッと楽になりました。
 なにぶん霊視をすると極端に疲れていたし、変なものを視てしまったり憑かれそうになったり、何かと大変だったもので。
 その頃から私は、完全に「幽霊」という存在を自分の世界から消すことが出来るようになりました。

 三十六歳の誕生日の瞑想中に悟りの感覚があり、この世の答えを肌で感じました。
 それでも自分の能力に自信がなくてずっと隠していましたが、震災で命拾いし、その後の苦悩の結果、心の解放に至りました。
 この世の秘密を知り、拍子抜けしたのを皮切りに、万人に私の力を解放しようと決めました。

 この世に偶然はないと確信しているので、私は相談者に的確な霊的アドバイスを与えることが出来ると信じて。もちろん、相手もそれを受け取ることが出来る……と。

「理屈ではない、思考を使うな」という声が頭上から聴こえてくるので、その言葉を信じて、あるがままに、メッセージを伝えるかたちでカウンセリングをやっていました。妻も全力でサポートしてくれていました。

 そんな経緯もあり、自分に使命を課してスピリチュアルカウンセリングという仕事をやっていましたが、親戚から介護施設を立ち上げるにあたり、所長として活躍して欲しいとの要望があり、妻子を養うためには仕方ないと、スピリチュアルカウンセリングをやめ、妻の実家の岩手県に引っ越すことにしました。

 

 私には作家になりたいという夢もありましたが、そのとき、きっぱり諦めました。

 何もかもを捨て、家族のために新たな第二の人生を歩み出すことが自分にとっての人生であり、宿命なんだと言い聞かせ……。

 

 しかし、現実はえげつなく、親戚の事業の話も流れてしまい、また極貧時代へと戻ってしまいました。

 その前に私は極貧時代を10年ほど味わっていたので、もうたくさんでした。

 いっそ死んでしまいたい。でも、家族を残して死ぬのもどうかと……。その前に死ぬ勇気もありません。

 しかし、生きる気力もないのです……。

 

 私は諦めました。生きることも、死ぬことも。すると、思考がフッと消えました。何もかも捨てたら、自分も消えたのです。

 そしたらです、この世の仕組み、悟りの感覚があったときに覚えた答えの式が書けるようになり、生きることの意味を一瞬にして理解しました。

 そのときの感覚で書き上げた本が「神様より」であり、ブログ「神様より」です。

 今でもその感覚を忘れず、思考を消して降りてきたメッセージだけを書いています。自動書記です。

 

 私には、どう生きればよいのか迷っている人、困っている人、苦しんでいる人にアドバイスができます。その人は今まで物凄く苦労してきた人であり、これから物凄く輝く人なのを知っています。

 すべては偶然ではなく必然であり、導きであることも……。

 

 私は今、ご縁のある方々だけとメールによるカウンセリングをやっています。

 結果的に私は、この世にたくさんの光を生み出すはずです。しかしそれは私にとっては使命であり導きですが、全体にとってはあるがままの姿なんだと思います。

 

 いつまでやり続けるかは分かりません。

 導きを感じた方は、その衝動を抑えないで下さい。思考に負けないで下さい。

 私は今、ここにいます。

 誰かに認められたくてやっているわけではありません。感謝されたくてやっているわけではありません。何の功績も称賛も要りません。導かれるまま、降りてくるままメッセージを書き記すだけです。伝えるだけです。

 気になった方は私を探してみて下さい。縁があるなら会えるはずです。縁がなければ絶対に会えないはずです……。この意味は、ここまで読み進めたあなたなら分かるはずです。

 

 私は今、自由に生きています。ですので、あなたの自由を応援しています。

 そして私は、あなたが今、人生のターニングポイントにいることも知っています。なぜなら、私の遠隔ヒーリングを申し込む方は、今まさに人生の分岐点だからです。私はあなたの人生に、これから素敵な薔薇がたくさん咲くことを知っています。しかも、その薔薇は、一生咲き乱れます。豊かになります。成功します。望みは全部叶います。

 これが慰めや労いではないことは、あなたが一番知っているはずです。

 

 それでは、ご縁があれば、またいつもの笑顔と感謝で……。

 

 慈恩保。

 

PS. 遠隔ヒーリング後に、投資で成功したという声もいただきます。為替で大きく儲けたから会社を辞めたなどの声も聞きます。どうやらギャンブルの類いに即効性の効果があるようです。しかし私は、己の欲望を満たすためだけにマネーゲームをすることはオススメしません。すぐに足下をすくわれるのが目に見えるからです。目的を見失わないで下さい。お金はひとつの手段に過ぎません。夢が叶う過程で豊かさは手に入ります。成功とは、世のため人のために生きた人生のことを言います。投資は、世のため人のために行う善行のひとつです。ギャンブルと履き違えてはいけません。ちょっぴり説教くさいですが、ご理解いただけましたら幸いです。